私はこれまで過去の出来事や体験できなかった歴史を自分なりに追体験して捉えようと試みながら、同時に自分の立ち位置や現在との繋がりを見つけようとしてきました。私という存在や置かれた環境が過去の歴史や出来事とどう繋がっているのか、実感を持てずにいることがことがあります。「私」や「現在の環境」が、過去や歴史と切り離されて突然存在しているような感覚です。しかしテレビや映画や歴史の教科書で過去の出来事について語られるとき、それらは「日本」という共同体に所属する全員が持つ共通の記憶(または経験)として語られます。

 

第二次世界大戦末期に日本で作られその後軍事工場の近くの河原に大量に捨てられていた陶製手榴弾の上に、周辺の住宅街の街並みをジオラマとして組み合わせた《ざくろ》では、個人的にはこれまで意識を向けて来なかった戦争の遺物と日常との距離、また日本の近現代史を語る上で重要で忘れてはいけない悲しい歴史と言われていたものも、現在を生きる人間にとっては状況に応じて無かったことのようにも扱ってしまうことに興味を持ち制作しました。

 

その後、戦争と自身との距離感をより具体的に扱うために小笠原諸島を題材にした作品制作を試みます。

戦後、米軍の統治下となり1968年に返還されて以降も疎開前に定住していた日本人住民の多数は島へはも戻らなかったという小笠原諸島では、その時々で人々が入れ替わり、現在島で戦争の爪痕と隣合わせで暮らす人々も、多くはその当時の現地での戦争経験がありません。移住した先で偶然隣合わせになっただけの他所者である新世代の島民たちの置かれた状況は、私自身が抱く感覚と重なるのではないかと考え、制作の為のリサーチを行なったものの、見えてきたのは戦前から住み続ける米系日本人の存在など、その島特有の複雑な歴史を抱える当事者たちの姿でした。

そこで私の制作は、「歴史や情報を通して見る景色はどう見えるのか」という問いに変わり、現地で拾い集めた素材とリサーチを元に組み立てたジオラマ模型に、小笠原の歴史に纏わる記事や紙資料を写経のように書き写したオーガンジーを被せた《幽霊のいる島》を発表します。

 

小笠原での制作には、「歴史や事実をできるだけ正確に扱いたい」という考えがありました。「実際の歴史」を重要視する反面、「必ず正確に歴史を語らなければならないのか」「当時の経験が無い人間が物語を語ることはできないのか」という疑問も生じました。

 

最新作の《砂糖王国旅行記》では、「過去の歴史を参照しながら恣意的な眼差しで物語を編むことはできるのか」について考えます。

今から約100年前の1920年代に「シュガーアイランド」と呼ばれていた南大東島とサイパン島では、かつては島の面積の9割以上にサトウキビ畑を耕し、収穫したサトウキビを運ぶ鉄道が走り、島を統治していた「シュガーキング」と呼ばれた日本人男性実業家の銅像が建てられた。私は共通点を見つける程に「生き別れの双子のような島」だと思い込んでいく。当時の日本の植民地政策や近代化への歩みを想像してなぞり歩き、今では全く似ていない2つの島の風景を結びつける。物語を成立させるためにリサーチを重ねて、こじつける度に小さなズレが広がって辻褄が合わなくなっていく。史実と私自身の島での体験が織り交ざり、大文字の歴史では語れない、独自の物語として着地していきます。

 

 

私は題材となる土地を歩き見聞きした出来事や景色を結びつけ、拾い集めた素材を用いて、過去や土地に対してどうアプローチすることができるのかを模索しています。